はお歯に合わねえという思召しなんだから、それでお言葉も下し置かれねえのだろう。ああ、情けなくなっちまわあ、孫子《まごこ》の代まで折助なんぞをさせるもんじゃねえ」
と言って、また摺《す》り寄ってお銀様の面《かお》を覗き込むようにしました。お銀様がついと横を向くと、乗り出してわざとまた覗き込んで、
「はははは」
 一度に笑いました。お銀様は歯咬《はがみ》をして彼等を押し退けて避けようとすると、折助たちは、ゾロゾロと後をついて来るのであります。お銀様は、ついに立ち竦《すく》んでしまうよりほかはなくなりました。
 そうすると、折助もまたその周囲に立ちはだかりました。
「お前たちは女と侮《あなど》って、このわたしに無礼なことをする気か」
 お銀様はこらえきれなくなったから、声を慄《ふる》わして折助どもを詰責《きっせき》しました。お銀様でなかったら、ぜひはさて措《お》いて、一応この折助どもに謝罪《あやま》ってみるべき儀でありましたけれど、お銀様は口惜しさに堪えられないで、わが家の雇人を叱るような態度で嵩《かさ》にかかりました。
「どう致しまして、無礼をするなんぞと、そんなことがございますものですか
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