れたようであります。
「お前はいつまでもこの邸にいたいと言うたのではないか」
「わたくしは……わたくしはいつまでもお殿様のお傍に置いていただきとうござりまする、そのつもりで喜んでおりましたけれども、今となりましては……」
お君はこれまで言って情が迫ったように、もう言葉がつげないで、身を震わして泣いているばかりであります。
「さあ、今となってはお前が切れたくても、わしが許さぬ」
能登守の言葉にも顫《ふる》えを帯びていました。
「いいえ」
とお君の返事は存外に冷やかでありました。そうして頭を左右に振ったのは、それは前のように感情が迫ったのではなく、明らかに拒否の意志を含めたものでありました。
「どうぞ、あちらへおいであそばして下さいまするように。ここは殿様のおいであそばすところではござりませぬ」
「わしはお前にまだ話したいことがあって来た」
「いいえ、もう何もお伺《うかが》い申しますまい、わたくしはお暇をいただく身分の者でござりまする、お暇をいただけば、御主人でもなく召使でもないのでござりまする」
「君、お前は聞きわけがない」
「どう致しまして、わたくしは、もう何もお伺い申すことはござ
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