って無能呼ばわりをされようとも、出過ぎた仕事は一つもしていませんでした。それ故に神尾主膳らが、能登守を忌み嫌うというのも単に感情の問題のみで、仕事の上では嫉視《しっし》を受けるような成功もしなければ、弾劾《だんがい》を受けるような失態もしていませんでした。
名は勤番支配というけれども、実はその見習いのような地位に甘んじて、能登守は別にその新知識を振り廻したり、冴《さ》えた腕を振おうとしたりしませんでした。家来の若い武士はそれを物足らず思って、多少は献策をしたりすることもあったけれど、能登守は、さっぱりそれを用いてみようという模様がありません。それでただ自分の連れて来た比較的少数の家来だけを進退して、まるで島流しにでもなったような心持であるらしくあります。
やや手強く言ったことは、この間の神尾主膳の結婚問題の時ぐらいのものでありました。能登守のあの一言のために、神尾と藤原家との縁談はまだ行悩んでいるようでありますけれど、そのほかには能登守が人の意見を妨げたり進路を塞いだりしたような挙動は一つもありませんから、やはり無能と侮《あなど》られようとも、恨みを受けるような形跡は一つもないので
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