い》らも咽喉《のど》が乾いたわい」
米友は釣瓶《つるべ》を投げて水を汲み上げてから、背中の人を卸《おろ》して、
「どうだい、水を一杯飲んで、気を確かに持って、一言《ひとこと》名乗って聞かしてくんねえな、お前はどこの者で何という名前だか、それを一言《ひとこと》いって聞かしてもれえてえんだ」
いま、米友が背中から卸して水を飲ませようとしているその男は幸内でありました。けれども幸内は、米友の知合いではありません。ムクはよく知っているけれども、口を利くことができません。
幸内はまだ生きていました。生きている証拠には水を飲めと言われて、しきりに口を動かしているのでもわかります。またその水を飲みたがっていることは、咽喉の鳴る音でも推察することができます。けれどもその水を飲むべく気力がありません、手も利きません、身体も動かすことさえできませんでした。
「仕様がねえなあ、それじゃ俺らが今、口うつしに飲ましてやるから」
米友は口うつしに幸内の口へ注ぎかけました。幸内はふるえつくようにしてその水をゴクリゴクリと飲みました。
「待っていろ、もう一杯飲ましてやる」
米友はまた口うつしにして幸内に水を
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