来たがるというのが、よくよくの因果であります。
 米友が棒を振り廻せば犬は心得てそれを避け、棒を控えていれば懲《こ》りずまたすぐに傍へ寄って来て、吠えてみたり、鼻を鳴らしてみたり、身体を擦りつけようとしてみたり、ずいぶん人を食った犬としか思われません。米友はばかばかしいやら腹が立つやらしてたまりません。
「狂犬《やまいぬ》だろう、打《ぶ》ち殺してくれべえぞ!」
 打ったり払ったりするだけでは我慢がなり難くなったから米友は、殺気を含んで棒を振いました。その棒の下にあって犬はいっそう声高く吠えました。
「おや?」
 米友は振り上げた棒を振り下ろすことなしに、この時ようやく犬の声音《こわね》を聞き咎《とが》めました。犬は透《す》かさずその米友の足許へ寄って来ました。
「待て待て、手前の声は聞いたことのあるような声だ。ムクじゃあねえか、ムク犬じゃあねえか」
 犬はこのとき鼻息を荒くして、米友の腰へ絡《から》みつきました。
「いま提灯をつけるから待っていろ、もし手前がムクだとすれば、俺《おい》らは嬉しくてたまらねえんだ」
 米友の腰につけた小田原提灯は消えていましたけれど、幸いにこわれてはいませ
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