認めません。棒だけを持って槍の必要につかえるのでありました。
 それにまた、穂をすげれば血を見ずしては納まらないのも、穂がなければ単に敵を懲《こ》らすだけで済む、という理由もありました。
 今は穂をすげなければならない場合になってきたと見ゆるに拘《かかわ》らず、なお米友は、それを敢《あえ》てするの余裕を持たないと見えます。
 ものの五間ほど飛び退《しざ》ってから、やや暫らくして、
「やい、出て来い、かかって来い、隠れていちゃあ相手にならねえ」
 ようやくのことで米友は、これだけの言葉を出すの余裕を持つことが出来ました。これだけの言葉を出したけれども、その構えは少しも弛《ゆる》めることをしませんでした。やはり米友は、この中で誰をか相手に戦い、今その相手を呼びかけたものであります。
 しかしながら、如法闇夜の中に何者も見えないように、何者の返事もありません。
「うむ、掛って来ねえのか、掛って来なけりゃあ、何とか言ってみろ、何とか言えば、俺《おい》らの方から掛って行く、返事をしてみろ、やい、一言《ひとこと》ぬかしてみろ、やい」
 米友は続いてこう言いましたけれども、掛っても来らず、一言の返事
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