《まち》の位に附けたのは、正格にしてまさに堂に入れるものであります。一口に米友と言ってしまえば、お笑いのようなものだけれども、ひとたびこうして本気になって槍を構えた時の米友は、また尋常の米友ではありません。しかしてこの米友は、曾《かつ》てこういう正格な構え方を、咄嗟《とっさ》の間《かん》に見せたことは幾度もありませんでした。
 東海道の天竜川のほとりの天竜寺で米友は、心ならずも多勢を相手にして、その盗人《ぬすびと》の誤解から免《のが》れようとしました。その時は遊行上人《ゆぎょうしょうにん》に助けられました。
 甲州街道の鶴川では、雲助どもを相手に一場の修羅場《しゅらば》を出しました。その時は彼等をばかにしきって、乱雑無法なる使い方をして荒れました。この間は折助と、あわや大事に及ぼうとした途端に、屋根へ上って巧みに逃げてしまいました。
 今や、その時のような放胆な米友ではありません。
 待《まち》の槍には懸《かかり》の槍が含んでいるのであります。その両面には磐石《ばんじゃく》の重きに当る心が籠《こも》っているのであります。不思議なる哉《かな》、ほとんど師伝に依ることなき米友は、三身三剣の
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