手をかけました。その手をかけたことによって気がつけば、見上げるような高い塀の上から、一条の縄梯子《なわばしご》が架け下ろしてあります。
この縄梯子は尋常の梯子よりは大へん狭いものでありました。狭いものであったけれども、かなり丈夫に見えました。
それは尋常の縄ではありません。このとき思い当るのは、手内職というてこの奇異なる武士が、暇にまかせて拵《こしら》えておいた紙撚《こより》であります。その紙撚がここに梯子となって利用されているものとしか見えません。
片手と片足とをその縄梯子にかけた時、
「捕った!」
もうその前後から蝗《いなご》のように捕方《とりかた》が飛びつきました。
この時、どこから来たか一隊の人が闇と靄との中から打って出でました。
彼等は物をも言わず牢屋同心や牢番や小使や非人の中へ打ってかかりました。手には丸太や板片《いたきれ》を持っているものもあれば、同心や牢番を叩き伏せてその得物《えもの》を奪うて働くのもあります。
言うまでもなくこれは第二番室の破牢の一組で、先に立って指揮するのは武士体《さむらいてい》の屈強な壮者でありました。
「弥兵衛殿、お前は南条と一緒に
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