《かず》が無いので困る時には、生姜や日光蕃椒のほかに、ヤタラ味噌や煮染《にしめ》などを買って仲間へ大盤振舞《おおばんぶるまい》をするものもありました。また大奮発で二両三両と出して毛布の類を買い込んで、寒さを凌《しの》ぐような贅沢《ぜいたく》なものもありました。袷《あわせ》を一枚買い足して重ね着をする者もありました。
 酒は固く禁じてありましたけれども、それとても小使に頼めば薬を買うというなだいで、焼酎《しょうちゅう》や直《なお》しを買って来てくれます。
 その度毎に小使はコンミッションが貰えます。コンミッションが貰える上に更にその代金の頭を刎《は》ねることもできます。このごろ贋金使《にせがねづか》いというのがこの牢へ入ってから、この小使のうるおいがまた大きくなりました。それですからこのごろの小使は成金で、天下はいよいよ泰平です。
 午後の四時から九時までの間に、お役目だけの役人の見廻りがあります。その時は小使と番人とが、
「お見廻りでござりまするぞ」
と先触《さきぶれ》をして各牢を廻って歩くと、牢内の一同が、
「御苦労さまでござりまする」
と言ってお礼を申し上げるのがきまりになっており
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