ここで黙ってしまいました。言い合せたように身ぶるいをして、
「はははは」
 附元気《つけげんき》らしく高笑いをして、牢屋の方へ曲って行きました。
 それをもやり過ごして、なおも廓の縁《ふち》を歩んで行った竜之助が、いつしか足を留めたところは、とあるお寺の門の前でありました。
 竜之助は小首を傾《かし》げて杖で大地を突いてみました。大地は別に異様な音を立てるではありませんでした。ただこの時分になって、町も廓も一面に霧のようなもので包まれてしまったことであります。さきには聳えて影を見せた日本丸の櫓《やぐら》も、それがために見えなくなってしまいました。いま立っているお寺の門も、その前の竜之助も同じく、その霧のような靄《もや》で包まれてしまいました。
 その霧のような靄に包まれた甲府の町の夜は、この時静かなものでありました。その静かなうちに、町の辻々は例によって辻斬警戒の組の者が六尺棒を提げてのっしのっしと過ぎて行くのであります。ただ一つ不思議でならないことは、その静粛にしてしかも物騒なる甲府の町の夜の道筋のいずれかを、子供が泣いて歩いているらしいことであります。
 机竜之助が如法闇夜《
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