がら、お銀様の方へとかたまって来るのであります。
 お銀様は腹を立てました。無礼にも無作法にも限りのないやつらだと、口惜しくてたまりませんでした。それだから黙って彼等を振り払って行こうとすると、その前へ廻り、
「どうか、御勘弁をなすっておくんなさいまし」
 それを振り払って、また進んで行くと、
「野郎が、あんなに謝罪《あやま》るんだから、どうか御勘弁をして上げておくんなさいまし」
 お銀様は心の弱い女ではありません。どちらかと言えば気丈な女であります。それだからこれらの無作法な折助に一言も口を利くことをいやがりました。それを振り払って避けようとしました。
 折助どもはそれを前後から取捲くようにして追いかけるのは、どうも何か計画あってすることとしか思われません。
「これほど謝罪《あやま》っても、何ともお許しが出ねえのは、よくよく見倒された野郎だ」
と折助の一人が言いました。
「ナーニ、お女中さんが縹緻《きりょう》がよくっていらっしゃるから、それで気取っておいでなさるのよ、下郎どもとは口を利くも汚《けが》れと思っておいでなさるんだ」
と、また一人の折助が言いました。
「違えねえ、折助なんぞはお歯に合わねえという思召しなんだから、それでお言葉も下し置かれねえのだろう。ああ、情けなくなっちまわあ、孫子《まごこ》の代まで折助なんぞをさせるもんじゃねえ」
と言って、また摺《す》り寄ってお銀様の面《かお》を覗き込むようにしました。お銀様がついと横を向くと、乗り出してわざとまた覗き込んで、
「はははは」
 一度に笑いました。お銀様は歯咬《はがみ》をして彼等を押し退けて避けようとすると、折助たちは、ゾロゾロと後をついて来るのであります。お銀様は、ついに立ち竦《すく》んでしまうよりほかはなくなりました。
 そうすると、折助もまたその周囲に立ちはだかりました。
「お前たちは女と侮《あなど》って、このわたしに無礼なことをする気か」
 お銀様はこらえきれなくなったから、声を慄《ふる》わして折助どもを詰責《きっせき》しました。お銀様でなかったら、ぜひはさて措《お》いて、一応この折助どもに謝罪《あやま》ってみるべき儀でありましたけれど、お銀様は口惜しさに堪えられないで、わが家の雇人を叱るような態度で嵩《かさ》にかかりました。
「どう致しまして、無礼をするなんぞと、そんなことがございますものですか
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