、お女中がお一人では途中が案じられますから、こうしてお送り申し上げようと言うんでございます」
 折助はこう言いました。
「わたしは、ほかに連れの者がある、それを待っているの故、お前方のお世話は要《い》らぬ」
 お銀様は、やはり叱るような言いぶりであります。折助どもは、お銀様が何か言い出すのを待っていたと言わぬばかりでしたから、
「そんなことをおっしゃらなくたっていいじゃあございませんか」
「無礼なことをすると許しませぬ」
 お銀様は懐中へ手を入れました。その時に一人の折助が、横の方からお銀様の被っていた頭巾を引張りました。眼ばかり見えていたお銀様の面《かお》の口もとから額へかけて、斜めにその呪われた怖ろしい面が見えました。
「はははは」
と折助どもは声高く笑いました。歯をキリキリと噛み鳴らしたお銀様は、キラリ光るものを手に持っていました。
「やあ、危ねえ、刃物を持っている」
 前後から五六人の折助が寄ってたかって、お銀様の持っていた懐剣を奪い取ろうとして、怪我をしたものもありました。
「面倒くさいから引担《ひっかつ》いでしまえ」
 彼等は寄ってたかって無礼な振舞に及ぼうとする時に、妙詮寺《みょうせんじ》の角から突然《いきなり》飛び出して来た強そうな男。
「この野郎ども、飛んでもねえことをしやがる」
 折助どもをポカポカと殴り飛ばして、その一人を濠の中へ蹴込みました。
「やあ、役割!」
と言って、折助はたあいもなく逃げてしまいました。この場へ来合せた強そうな男は、役割の市五郎であります。

「お嬢様、もう御安心なさいまし、ほんとにあいつらあ、悪い奴だ、お嬢様とも知らずに碌《ろく》でもねえことをしやがる」
 市五郎がこんなことを言って慰めているところは市五郎の宅であります。
「市五郎どのとやら、お前が来てくれなければ、わたしはドノような目に会ったことやら。よいところへお前が来てくれたから、それで悪者がみんな逃げてしまいました」
 お銀様は泣いていました。
「ナニ、たかの知れた折助どもでございますが、打捨《うっちゃ》っておくと癖になりますから、少々大人げねえと思いましたけれど、二つ三つ食《くら》わしてやりました。御心配なさいますな、これからお屋敷まで送らせて差上げますから」
「市五郎どのとやら、わたしには連れの者があってそれを待っていたところ、その連れの者に沙汰をして貰い
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