者があります。それは例の折助連《おりすけれん》であります。
自分で無理にすすめて廓《くるわ》の中へやっておきながら、お銀様は焦《じ》れて焦れてたまらなくなっていました。自分を平気でこんなに待たせておくお君を呪《のろ》うような心持になって、城の方ばかり睨んでいましたから、この五六人の折助連が私語《ささや》きながらこっちへ近づいて来ることも気がつきません。
そうしていると、折助の一人が、ふらふらと歩いて来て、お銀様に突き当るようにしてすれ違って、
「危ねえ、危ねえ」
と言いましたから、お銀様も気がつくとその折助は酔っていて、足許も定まらないようであります。お銀様は驚いてそれを避《よ》けました。それを避けるとその次に、また一人の折助が通りかかって、同じようにお銀様に突き当ろうとしました。お銀様は、また驚いてそれを避けると、第三番目の折助が、とうとうお銀様にぶっつかってしまいました。お銀様は危なく足を踏み締めますと、
「やい、気をつけやがれ」
とその折助が言いました。わざとする乱暴さに、お銀様は口惜しがって折助どもを睨《にら》めて立っていました。お銀様の眼つきは、ことさらに睨《にら》めないでも、いつも怒気を含んでいるように見えるのであります。
「へへへへへ、これはこれは」
と言って折助は急に、ふざけた声色《こわいろ》を使って、頭巾で隠してあるお銀様の顔をワザと覗《のぞ》き込むようにして、
「お女中のお方でいらっしゃる、それとは知らず飛んだ御無礼」
なんぞと言って、またまたワザとらしい声色と身ぶりでお辞儀をしました。
お銀様は、それを見ないでぷいと向き直って歩き出すと、
「兄弟《きょうでえ》、どうしたんだい」
と言ってほかの折助が寄って来ました。
「いや、このお女中に飛んだ失礼をしてしまったんだ、ツイ足がよろめいたために、このお女中に突き当ってしまったから、今、謝罪《あやま》っているところなんだ、兄弟、なんとかとりなしてくんねえ」
と、前の折助がこんなことを言いました。
「そいつは悪いことをした。まあ、どちらのお女中さんか知らねえが、この野郎は、平常《ふだん》から軽佻《かるはずみ》な野郎でございますから、ナニ、別に悪い心があってするわけじゃございません、どうぞ御勘弁してやっておくんなさいまし」
ほかの折助が、これもまたワザとらしい身ぶりと声色で、揉手《もみで》をしな
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