体《もったい》ないことを」
と言って、お君は怨めしそうに、いま投げ込まれたお御籤の紙を見つめていますと、
「お君や、帰りましょう、もうどうなってもわたしは知らない」
 お銀様はお君の手を取って引き立てるようにし、自分が先へ立ってお宮の前の鋪石《しきいし》を歩きました。お銀様の挙動には、いつでもこんな気むずかしいことがあります。夕立の空のように急に御機嫌が変って、人に物をやってしまったり、また自分の物を惜気《おしげ》もなくこわしてしまったりします。お君はよくその呼吸を心得ているけれども、この時はあまりお嬢様の我儘《わがまま》が過ぎると思いました。我儘というだけでは済まない、これは罰《ばち》の当ったような仕業《しわざ》と思わないわけにはゆきませんでした。大神宮のお膝元で育ったお君には、神様を粗末にすることは罰当りという観念が強いのであります。
「お嬢様、ナゼあんなことをなさいます、せっかくのお御籤を……罰が当ります」
「何だか、わたしは知らない」
 お銀様はお君を引き立てて、お宮の外へ出てしまいました。
「大吉は凶に帰る」
 この時、茶所で、米友が昼寝をしていたのはどうも仕方がありません。
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