見に出かけてくれねえか」
 七兵衛は米友を顧みて水を向けましたけれど、米友は苦笑いしてそれに応ずる気色《けしき》がありません。

         九

 その晩はそれで済みました。その近所にべつだん斬られた人もありませんし、鍋焼饂飩《なべやきうどん》も夜明けになって無事に帰ったし、七兵衛もまた明るくなる時分には、どこへ行ったか姿が見えなくなりました。
 米友は昨夜の睡眠不足があるから夜が明けると共に、担ぎ出されても知らないくらいに寝込んでしまったから、日がカンカン寝ているところの障子に当るのも御存じがありません。
 米友がこうしてグッスリと寝込んでしまっている朝、この八幡宮へ珍らしい二人の参詣者がありました。二人とも同じ年頃の女であります。そうして二人ともに藤の花の模様の対《つい》の振袖を着ておりました。それから頭と面《かお》とはこれも対の紫縮緬《むらさきぢりめん》の女頭巾《おんなずきん》を、スッポリと被《かぶ》っています。
「お嬢様」
と一人の娘が言いました。
「あい」
 一人の娘が頷《うなず》きました。一人は慇懃《いんぎん》であって、一人は鷹揚《おうよう》であります。見たところで
前へ 次へ
全105ページ中89ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング