合羽《かざがっぱ》を着た旅の男。
「兄さん、すんでのことに、命拾いをして来たよ」
笠を取ったその人は七兵衛でありました。
「やあ、お前様はさいぜんのお客様」
と鍋焼饂飩が叫びました。
「爺《とっ》さん、飛んだ迷惑をかけちまった、それでもまあ、おたがいに命拾いをしてよかったね」
と言って七兵衛は鍋焼うどんを慰めました。
「でもまあ、命拾いをしたにはしましたがねえ」
と鍋焼饂飩は諦《あきら》めたような、諦められないような返事をして、恨めしそうに壊れた商売道具を見ています。
「商売道具がこわれたね、爺《とっ》さん、俺が立替えるよ」
七兵衛はかなり重味のある財布を首から外して、鍋焼うどんの屋台の上へ投げ出しました。
「こんなにいただいちゃあ、こんなにいただいちゃあ済みませんねえ」
と言って鍋焼饂飩は恐縮してしまいました。それには拘《かか》わらず七兵衛は上《あが》り端《はな》へ腰をかけて、
「やれやれ、こうして俺たちは命からがら逃げて来たのに、また物好きな人もあればあるもので、わざわざ斬られにあとを追蒐《おっか》けて行った人があるようだが、友さん、どうだい、ひとつその槍を担《かつ》いで様子を
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