たけれど、外は闇でよくわかりません。燈籠の火影《ほかげ》の届くところには何者も見えませんでしたけれど、感心なことに宇治山田の米友は、居眠りをしても、その足音を聞き洩らすような油断がありません。
「まさか、でえだらぼっち[#「でえだらぼっち」に傍点]じゃあるめえな」
と言って座右を顧みた時に、そこに六尺の手槍がありました。
「兄い、なかなか寒いじゃねえか」
気軽に茶所へ入って来たのは、でえだらぼっち[#「でえだらぼっち」に傍点]でもなければ、八幡様の廻し者でもないようです。竹の笠を被って紺看板《こんかんばん》を着て、中身一尺七八寸ぐらいの脇差を一本差して、貧之徳利を一つ提げたお仲間体《ちゅうげんてい》の男でありました。
「うむ、寒い」
米友は案外な面《かお》をして仲間体の男を見ますと、その仲間体の男は、心安立《こころやすだ》てにズカズカと火の傍へ寄って来て、
「兄い、済まねえがお茶を一杯振舞ってくんねえ」
と言いました。
「いくらでも飲みねえ」
仲間体の男は貧之徳利を土間へ置いて、大土瓶から熱いお茶を注いで飲みました。お茶を飲むところを笠の下から見ると、この仲間体の男は、折助《おり
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