。歩くといっても、やはり米友は跛足《びっこ》です。それに背が低いからいちいち床几を下へ置いてその上へのって、それから油を差して歩きます。
 境内を残る隈《くま》なく見廻って、油を差すべきものには差し終ってから米友は、また茶所へ帰って来ました。そうして熱いお茶を一杯いれて呑んでから、烏帽子《えぼし》を取って叩きつけるように抛《ほう》り出して、また前のところへ胡坐《あぐら》をかいて、前のようにぼんやりとして、接待の茶釜の光るのと炭火のカンカンしているのをながめていましたが、程経てまた大欠伸《おおあくび》をはじめてしまいました。
「眠ってえな」
と言って眼を擦《こす》りながら、
「はははは、笑あせやがら」
 なんと思ったか米友はカラカラと笑い出して、
「でえだらぼっち[#「でえだらぼっち」に傍点]なんというものは見たことも聞いたこともねえんだ、でえだらぼっち[#「でえだらぼっち」に傍点]が来たからったっても、なにもそんなに驚くことはあるめえじゃねえか」
と言いました。何か米友はそのでえだらぼっち[#「でえだらぼっち」に傍点]について腑《ふ》に落ちないことがあるようです。
「そのでえだらぼっち
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