ょう》のあったところ。三面には岡があるけれど、城は平城《ひらじろ》、門の跡や、廓《くるわ》のあと、富士見御殿のあった台の下には大きな石がある。そのあたりは松の木や荊《いばら》が生い茂っている。神尾主膳が本通りを甲府へ帰りついた時分に、大泉寺の鐘が九ツを打ちました。その時分にこの古城のところを机竜之助が歩いていました。やはり宗十郎頭巾を冠《かぶ》って杖を持って刀を差している。その行先はいずれであるか知らないけれども、向って行くところは、やはり甲府の方面であります。

         八

 その晩、甲府八幡宮の茶所で大欠伸《おおあくび》をしているのは宇治山田の米友であります。
 土間には炭火がカンカンと熾《おこ》っている。接待の大茶釜が湯気を吹いて盛んに沸いている。そこで米友は、こちらの畳の上に胡坐《あぐら》をかいて遠慮なく大欠伸をしています。
 下には浅黄色《あさぎいろ》の短い着物を着て、上へ白丁《はくちょう》を引っかけて、大欠伸をした米友は、またきょとん[#「きょとん」に傍点]として大茶釜の光るのと、それから立ちのぼる湯気と、カンカン熾《おこ》っている炭火とをながめていましたが、

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