実力はどれほどのものか知らん」
と言って嘯《うそぶ》くように見えました。
「竜之助殿、貴殿ひとつ試してみる気はないか」
「この安綱を?」
「左様」
安綱を試してみろと言われて、竜之助は首を横に振りました。
「いかに名刀なりとて、千年もたっては隠居同様、ただ名物として奉って置くが無事であろう」
「たとえ千年二千年たとうが、精が脱《ぬ》けるようでは名刀の値打はない、この肌を見給え、この地鉄《じがね》を見給え、昨日|湯加減《ゆかげん》をしたような若やかさ」
「拙者には名刀といわず、無名刀といわず、手に合うたものがよろしい」
「それはそうかもしれぬ、しかし、安綱ほどの刀を試して、千年からの極《きわ》めを破るも面白いではないか。この刀をもって物を斬った話、古くは源頼光《みなもとのらいこう》の童子切と、近代では長曾我部元親《ちょうそかべもとちか》が何とやらしたという話、そのほかは畏《おそ》れかしこんで神棚へ祀るほかには能事がない。事実、切れ味はどんなものか拙者も知らぬ、世間の奴も知らぬ」
神尾主膳は机竜之助をして、伯耆の安綱と称せらるるこの名刀を試させん底意《そこい》があって来たものと見えます
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