押隠すように入れてしまいました。そこへ入って来たのは神尾主膳でありました。
 主膳は片手に長い箱を抱えて、
「竜之助殿、貴殿に見せたい品がある、それでワザワザやって来た」
「それはそれは」
 主膳は長い箱を目の前へ取り直して、
「いつぞや噂をした伯耆の安綱の刀が手に入った」
「ははあ、安綱がお手に入ったか、それは珍重《ちんちょう》」
 主膳が包みを解いて箱の中から出した袋入りの白鞘は、前日試し物のあった日から、幸内と共に行方不明になった馬大尽の家に伝わる宝刀であります。
 しばらくして神尾主膳は、燈下でその安綱の鞘を払って竜之助の前に突き出して、
「二尺四寸、大湾《おおのた》れで錵《にえ》と匂いの奥床《おくゆか》しいこと、とうてい言語には述べ尽されぬ」
と言いました。
「篤《とく》と拝見したいものだが、見ることができぬ」
と言って竜之助は笑いました。
「ともかくも手に取って見給え」
 主膳はその刀を持ち添えるようにして、竜之助に手渡ししました。
「なるほど」
 竜之助は伯耆の安綱の刀を手に取って、持ち試みていましたが、
「安綱といえば古刀中の古刀、誰もその位を争うものはないのだが、さて
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