たび竜之助の膝にのたりつきました。その口を慌《あわただ》しく動かして、咽喉首《のどくび》が筬《おさ》のように上下するところを見れば、これは何か言わんとして言えないのでした。訴えんとして訴えられないものでありました。
突き放され、突き放され、またのたりつく有様は他目《よそめ》には滑稽《こっけい》でもあるけれども、その当人は名状し難い苦しみにもがいているのです。如何《いかん》せん机竜之助は、それを滑稽として見ようにも、また苦悶の極みとして見ようにも、どちらにしても見て取ることができない人でありました。
しかしながら、机竜之助の両眼が暗くて、その人の何者であるやを見て取ることができないにしても、たとえささやかながら行燈《あんどん》の火がある以上は、面《かお》も着物も真黒になってはいるけれど、見知った者には間違いなく、それは馬大尽の雇人の幸内であるということがわかるのであります。
これは馬大尽の家の幸内でありました。伯耆《ほうき》の安綱の刀を持って出て行方《ゆくえ》知れずになった幸内が、今ここにこんな目にあわされていることを誰が知ろう。幸内はそれを今、神か仏か知らないけれども居合せた机竜
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