番人をしている男が食物を運ぶのと燈火《あかり》をつけに来ることによって、そこに人がいることがわかりました。
 また庭の幾所に巻藁《まきわら》が両断されて転がっていることによって、この家に住む人が試し物をするのだということが想像できるのであります。
 ここに置かれた机竜之助が刀調べをしていることも、その調べた刀によって巻藁の類を試していることも、ひまつぶしとしてはそうありそうなことであります。寝刃《ねたば》を合せていることも、巻藁を切るためであったかと思えば、別段に凄いことではありません。
 そこで寝刃を合せ了《おわ》った竜之助が、手柄山正繁の一刀を取り直した時に、広い座敷、およそ二十畳も敷けるこの一間の片隅にあった古びた長持の蓋《ふた》がガタといって動きました。
 その音で竜之助は、刀を持ったまま長持の方を向きました。竜之助が長持の方を向いた時に、長持の蓋がまた続けざまにガタガタと二つばかり動きました。三つ目には、もっと烈しい音で、下から力を極めて何か持ち上げるような音で長持が動きました。
 屹《きっ》とそれを見つめていた竜之助は、
「騒ぐな、騒いだとて時が来ねば許しはしない」
と長持
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