が住み荒らしたのを買い取って、下屋敷のようにしていました。けれども主膳自らはここに来ることが甚だ稀《まれ》であって番人に任せておいたから、いよいよ屋敷は荒れていました。それをこの頃になって、主とも客ともつかぬ者が一人出来ました。それがすなわちこの机竜之助であります。
 神尾主膳が何故に机竜之助をここへ置いたかということは、まだ疑問でありましたけれど、ここへ置かれた机竜之助は、囚人《めしうど》でも監禁の相《すがた》でもありません。
 竜之助をここへ移したものが神尾主膳でありとすれば、今ここへ刀をあてがっておくその人も神尾主膳でなければならぬ。
 神尾主膳の名を騙《かた》って奈良田の奥へ甲州金を取りに行った偽物《にせもの》を殺して、その駕籠《かご》で神尾の邸へ乗り込んだはずの竜之助を、神尾主膳が保護するような形式を取っていることが、不思議であるといえば不思議であります。
 竜之助がこの古屋敷に来てから、もうかなりの時がたちましたけれど、まだ一回も外へ出たのを見たものがありません。幾間も幾間もある屋敷の、いずれの間に住んでいるのであるかさえもよくわかりませんでした。しかし、夜になると、屋敷の
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