のものばかりです。こうして四本かぞえて五本目に抜いた刀は、二尺三寸余りあるように見えます。
「ははあ、これだな、これが手柄山正繁《てがらやままさしげ》だ」
と呟《つぶや》いて竜之助は、それを自分の右の頬に当て、刃を鬢《びん》の毛に触れるようにしていました。
盲目《めくら》であった竜之助には、その刀の肌を見ることができません。錵《にえ》も匂いもそれと見て取ることのできるはずがございません。けれども、
「これは斬れそうだ」
と言いました。刃を上にして膝へ載せてから研石《みがきいし》を取って竜之助は、静かにその刃の上を斜めに摩《こす》りはじめました。竜之助は、いまこの刀の寝刃《ねたば》を合せはじめたものであります。刀の寝刃を合せるには、きっと近いうちにその刀の実用が予期される。明日は人を斬るべき今宵という時に、刀の寝刃が合せられるはずのものであります。
それですから、刀の寝刃を合せる時には大概の勇士でも手が震うものであります、心が戦《おのの》くものでありました。それは怯《おく》れたわけではないけれども、明日の決心を思う時は、血肉がじっとしてはおられないのであります。それはそうあるべきはず
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