でございます、岡村氏が松蔭御門《まつかげごもん》の跡で袈裟《けさ》に斬られて死んでおりまする」
「ナニ、岡村が?……」
小林文吾も仰天《ぎょうてん》しないわけにはゆきません。押取刀《おっとりがたな》でその場へ駈けつけて見ると、岡村は左の肩から右の肋《あばら》を斜めに断たれて、二つになって無残の最期《さいご》。
小林文吾はあまりのことに、暫らく口も利けないくらいでありました。
七
その晩、一間のうちでしきりに刀を拭《ぬぐ》うているのは机竜之助であります。
竜之助は盲目《めくら》になっているけれども、その一間には丸い朱塗の行燈《あんどん》が立てられて、燈火《あかり》がぼんやりと光っています。
その燈火の下で竜之助は、秋の水の流れるような刀を拭うておりました。
刀は幾本も幾本もあって、白鞘《しらさや》のものや拵《こしら》えのついたものが、竜之助の左の側に積み重ねるようにしてあるのを、右へ取っては拭いをかけて置き換えているようです。
ある時はまたそれを行燈の下で二三度振ってみました。ある時はまたその刃切れを調べるようにしていました。
刀は、いずれも二尺以上
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