心にあの駒井能登守殿の挙動をいちいち探査してみとうござりまする、いかがなもので」
「なるほど」
「そうしていよいよ、これはという動きの取れぬところを押えたら、相手が相手だけに妙ではございませんか」
「うむ、面白い」
ここに至って小林師範役は膝を打ちました。岡村も喜んで、
「では先生も御賛成下さいますな」
「いかにも。やって見給え。しかし相手が相手だけに用心も一層じゃ」
その後、岡村は道場へはあまり姿を見せないようになりました。その当時暫らくは辻斬の噂がありませんでした。岡村はまだなんとも報告を齎《もたら》さなかったけれど、こうして岡村が警戒するために、辻斬もそれを憚《はばか》って当分遠慮をしているのではないかと、小林師範役は心の中で岡村を頼もしがって、そのうち何か面白い報告を齎すだろうと楽しみにしていました。
ところが、それから六日目の朝っぱら、小林師範役がまだ床を離れたばかりの時分に、あわただしく一人の門弟が、
「先生、先生、先生、大変でござりまする、大変」
小林はその慌《あわただ》しさに驚かされました。
「先生、先生、また辻斬がございました、また辻斬が……斬られたのは岡村氏
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