町奉行の検視の役人は、現場に立って面《かお》を見合せて腕を組んで、
「たしかに物取りの仕業《しわざ》ではない」
「勿論《もちろん》のこと。これでこの一月ばかりの間に四つの辻斬」
 もう一人が、やっぱり浮かない面をして、現場を今更のように見廻すのであります。
「それがみんな同じ手」
と、もう一人が言いました。
「非常な斬り方である、これはどうも……」
と言って三人の役人が一度に小林師範役に眼を着けました。
 彼等にはなんとも解釈がしきれないから、それで小林の意見を促《うなが》すような眼つきであります。
「これだけに斬る者は……」
と言って、小林も頭を捻《ひね》って思案に余るようでありました。
「刀が非常な大業物《おおわざもの》であるか、さもなければ、人が非常な斬り手である」
 小林は今その屍骸の斬り口を検査して見て、舌を捲いているところでありました。この一カ月来、これで四度辻斬があったのに、そのうち三度まで小林は立会っていました。
 先日神尾の屋敷で試し物があったのも、一つはこの辻斬があったから、それに刺戟されたものであります。
 一人二人の間は話の種であったけれども、四人目となって
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