もお怪我はあるまいと存じまする。それに私共にては、見所《みどころ》のありそうな馬には、昔の掟《おきて》通り白轡《しろくつわ》五十日、差縄《さしなわ》五十日、直鞍《すぐら》五十日を馬鹿正直に守って仕込ませました故に、拍子《ひょうし》もわりあいによく出来ているつもりでござりまする」
伊太夫はこんなことを能登守に向って語りました。能登守はこの栗毛の馬に乗ってみようという心を起しました。
ほどなく能登守が馬に乗って勇ましく馬場を駈けさせる姿を、伊太夫はじめこちらから見ていました。
それとは少し異《ちが》ったところで、
「お君や、あのお方が御支配様でありましょう」
と言って、椿の木の下でお君を招いたのはお銀様であります。
「まだお若い方でございますね」
お君も木の蔭に隠れるようにして、やや遠く能登守の馬上姿を見ていました。
「ほんとに、まだお若い方」
とお銀様が言いました。お君が気がつくと、お銀様が馬上の御支配様を見ている眼の熱心さが尋常でないことを知りました。
お銀様も、やはりお若いお嬢様である。お若い殿方を見るのはいやなお気持もなさらないものかと、お君はそぞろに気の毒になってきまし
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