来ると能登守が、しばらく足を留めていました。伊太夫その他の者もまた同じくその馬の前でとまりました。
「この馬は強い馬らしい」
能登守が立って見ている馬は、今まで見て来た馬のうちでいちばん強そうな栗毛《くりげ》の馬でありました。
「よくそれにお目がとまりました、その辺がここでは逸物《いちもつ》でございましょうな、牧場の方へ参ると駒で一頭、ややこれに似た悍《かん》の奴がござりまするが」
「これで丈《たけ》は?」
手代が主人に代って、
「四寸でござりまする」
「なるほど」
能登守は、まだいろいろとその馬をながめていました。
「お気に召しましたらば、一責《ひとせ》め責めて御覧遊ばしませ」
伊太夫は傍から勧めました。
「どうも、拙者には、ちと強過ぎるようじゃ、馬はまことに良い馬だけれど」
「左様なことはございますまい」
「昔、楠正成卿は三寸以上のを好まれなかったとやら。四寸の強馬《つようま》は分に過ぎたものに違いないが、しかし乗って面白いのは、やはり少々分に過ぎたものを乗りこなすところにあるようじゃ」
「左様でございますとも、そのお心がけさえおありなされば、どのようなお馬にお召しなされて
前へ
次へ
全105ページ中47ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング