日も過ぎてしまったその夜も、ついに幸内が帰りませんでした。夜が明けてお銀様は、やや強くそのことを心配しはじめた時分にこの屋敷へ、馬に乗って若党をつれた立派な武士が、不意におとずれて来ました。
その武士が来て案内を乞うと、有野家の執事《しつじ》といったような老人がまず騒ぎはじめました。
「御支配様がおいでになった」
その騒ぎがお銀様の部屋までも聞えると、
「御支配様がお見えになったそうな」
と、お附のようになっているお君を顧みてお銀様が言いました。
「御支配様とはどんなお方でございますか」
とお君が尋ねました。
「それはこの甲府のお城を預かって、勤番のお侍をお差図《さしず》なさるお方」
とお銀様が説明しました。
「それではあの、甲府のお城の殿様でございますね」
とお君が受取りました。
「この甲府には大名はないけれど、あの御支配様が同じお勤めをなさいます」
「こちら様へはたびたび、その御支配様がおいでになるのでございますか」
「いいえ、滅多にそんなことはありませぬ、もしそんなことのある時は、前以てお沙汰があるのに、今日はどうしてまあ、こんなに不意においでになったのでしょう」
不意にこ
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