ら。何しろ行倒れのような姿でございましたから、見る影はありませんでした」
「姿はやつれていたけれど、ほんとに容貌美《きりょうよ》し、よく作ってやりたい」
「一寸見《ちょっとみ》はよく見えても、作ってみると駄目なんでございましょう」
「いいえ、かまわないでおいてあのくらいだから、お作りをしたら、どのくらいよくなるか知れない、わたしは着物を持っている、髪の飾りも持っている、貸してやりたい」
「お嬢様のそのお言葉をお聞かせ申したら、さだめて有難く思うことでございましょう、あの娘はほんの着のみ着のままで道に倒れていたのでございますから」
「わたしの物をそっくり遣《や》ってしまいたい、わたしなんぞこそ着のみ着のままでいいのだから」
「お嬢様、何をおっしゃいます」
「ほほほ、わたしとしたことが、また我儘なことを言ってしまいました。幸内や、それでよいからお前は早くそれを持っておいで、誰かに見られると悪いから。見られてもかまわないけれど……」
「それではお嬢様、お借り申して参りまする、三日目には必ず持って参りますでございます」
幸内は頭を下げて、その長い桐の箱を風呂敷に包んで暇乞《いとまご》いをしま
前へ
次へ
全105ページ中16ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング