「それはもう間違いはございません」
「刀や脇差は幾本も幾本もあるのだけれど、この一腰《ひとこし》はお父様が、わけても大事にしておいでなのだから」
「それは、もうよく存じておりまする、三日たてば間違いなくお返し申しまする」
 幸内の前へお銀様は、手ずから長い桐の箱をさしおきました。
「これはどうも有難う存じます、お嬢様のおかげで日頃の望みが叶いまして、こんな嬉しいことはござりませぬ」
 幸内は箱の上へお辞儀をしました。
「幸内」
「はい」
「お前がこの間つれて来た、あの娘《こ》はどうしています」
「へい、あれはおばさんに願ってお屋敷へ御奉公を致すようになりました」
「あれはお前、お前が前から知っていた子ではないの」
「いいえ、そんなことはございませぬ」
「では、あの山で初めて会ったのかい」
「左様でござります」
「その後、お前はあの娘と口を利きましたか」
「いいえ、あれからまだ会いませんでございます」
「あの娘は容貌《きりょう》がよい子でしたね」
「どうでございましたか」
「あんなことを言っている、あの娘は綺麗《きれい》な子であったわいな」
「面《かお》つきは、そんなでございましたか知
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