しめ》しで、訪ねて来た人は誰でもお通し申すように御沙汰があるから通すまいものでもない」
と言いました。
「有難うございます」
とお君はお辞儀をしました。
「しかし、ただいま御操練《ごそうれん》の最中でいらっしゃるかも知れぬ、一応御様子を伺って来るからお待ち召されよ。して、有野村の藤原の家から来たお前さんは何とおっしゃるお名前じゃ」
「君と申しまする」
「よろしい、有野村の藤原の家から来たお君殿、ただいま取次いで上げる、暫くそこで待たっしゃい」
門番の足軽は権柄《けんぺい》を作ったり、また粗略《そりゃく》にも扱わないように見せたりして、一人が廓《くるわ》の中へ入って行きました。その間、お君は門番の控所で待たせられていました。
お君が門番の控所に腰をかけて待っていると、そこへ通りかかったのは役割の市五郎でありました。前は一蓮寺の境内でお君らの一行が興行をしている時に、木戸を突かれて大騒ぎを起したのがこの市五郎であります。市五郎はたいそう景気のよい身なりをして、懐手《ふところで》で廓の内から御門の外へ出ようとして、計《はか》らずもそこに控えていたお君の姿を見て足を留めて、お君の面《かお》
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