をジロジロと見ました。お君はそれとは気がつかないでいる時、さきに取次に行った足軽が戻って来ました。
「案の如く駒井の殿様は御調練のお差図であるが、お前のことを申し上げると、直ぐにお許しになった」
 お君は足軽に導かれて行きます。
 門番の控所を出た役割の市五郎は、何か考えながら廓の外へ出た時に、またも一人、柳の木の蔭に立っている妙齢の女を認めました。
 市五郎は眼を丸くして後ろから、わざとその女の傍の方へ寄って行きました。
「はてな、不思議なことがあればあるもの、今お城の中に入った女がもうここへ来ている」
 市五郎は自分の眼を拭いながら近寄りました。そこへ立っていた女は、いま控所で見たお君の姿と身なりも形も寸分違わないで、ただ頭巾を被っているのと、いないのとだけの相違ですから、あまりの不思議とその女の側近くやって来たために、柳の蔭でお城の方ばかりを向いていた女が急に振返りました。
 振向かれて市五郎はタジタジとしました。後姿も衣紋《えもん》も寸分違わないけれど、目深《まぶか》い頭巾の間から現われた眼つきの鋭いこと。
 お銀様が振返った時に、一時|悸《ぎょっ》として市五郎は、すぐに足を立
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