》けられる品は?」
「ただいま持参致させる、いや、もう来そうなものじゃ、かねて約束しておいたこと故、間違いはないけれどまだ見えぬ、おっつけ見えるでござろう、いま暫らく」
と言って神尾は人待ち顔に見えます。小林師範も神尾が何物を見せてくれるだろうと、坐り込んで待つことになりました。その他一座の連中も多少の好奇心に誘われます。
「神尾殿、我々に見せたい品とおっしゃるその品は?」
「まず、お待ち下され、到着しての上で御披露する」
神尾の言いぶりが事実を明かさないでおいて、あっと言わせようという趣向のように見えます。
そこへ用人が出て来て、
「幸内が参りました、有野村の幸内が推参致しました」
「あ、幸内が来たか、待ち兼ねていた、急いでこれへ」
その席へ呼ばれて来たのは、有野の馬大尽《うまだいじん》の雇人の幸内であります。
幸内は前にお君のところへお銀様の言伝《ことづて》を言った足でこちらへ来たものと見えます。そうして昨晩はどこか甲府の城下へ宿を取っていたものでしょう。
「これは皆様」
と言って幸内は遥《はる》かの下座《しもざ》から平伏しました。ここに集まっている連中は、みんな両刀の者であるのに、幸内ばかりが無腰《むこし》の平民、しかも雇人の身分でありましたから、遠慮に遠慮をして暫らく頭を上げません。幸内の平伏している傍にはその持って来た長い箱が萌黄《もえぎ》の風呂敷に包んで置かれてあります。
「おお、幸内、よく見えた、御列席の方々も其方《そのほう》の来るのを待兼ねじゃ」
「遅れましてなんとも申しわけがござりませぬ」
「遠慮致さず、これへ出るがよい」
「左様ならば御免下されませ」
幸内は恐る恐る出て来ました。
「おのおの方」
と言って、神尾主膳は一同の方に向き直りながら、
「ここに見えたのは、これはおのおの方も御存じのことと思わるるが、有野村の伊太夫の家の雇人じゃ、あの馬大尽の雇人であるが、民家の雇人に似合わず感心なもので、剣術がなかなか達者である、村方でも稽古をし、この城下の町道場へもおりおり通う、いたって手筋がよろしい、お見知り置き下されたい」
と言って紹介しました。幸内は、こんなお歴々の方の中へ剣術が達者だの手筋がよいのと吹聴《ふいちょう》されたから、さすがに面を赭《あか》くしてしまって、
「恐れ入りましてござりまする」
平伏してやっぱり頭が上りません。
「そのように恐れ入らんでもよい、実は今日は其方《そのほう》を上客にしたいくらい。いつもは伊太夫の雇人であるが、今日は位がついて来たのじゃ。例の品は持って参ったことであろうな」
「へへ、恐れ入りまする。せっかくの殿様のお言葉でござりまする故、主人から借受けて参りましてござりまする」
「それは大儀大儀、よく借受けて来た。伊太夫は変人のことでもあり、ことにあの品は滅多に人に見せぬ品であるそうな。其方の働きで、ここまで持参して来たのは何よりのこと」
「これがその品でござりまする」
幸内は、やはり恐る恐る萌黄包《もえぎづつみ》の長い箱を差出しました。
この箱は、前の日、幸内がお銀様から三日の約束で借受けて来た箱であります。この席へ持って出るために幸内は、この箱をお嬢様から借受けたのだということがわかります。
「おお、それそれ」
と言って神尾主膳は、その箱を受取りながら、
「おのおの方に、この品をお目にかけたい。その前に申し上げておきたいことは、この品はあの有野の馬大尽の家に先祖より伝わる秘宝、御列席のうちにも名のみ聞いて実を見んと思わるる向きが少なからぬことと推察致す。門外不出とも言うべきこの品を、この席に限りて一見致すことは仕合せ、充分の御鑑定を承りたいものでござる」
神尾主膳は風呂敷の結び目を解きかけてこう言いましたから、列席の者がなるほどと感心しました。葛原親王《かつらはらしんのう》以来と言われる有野の馬大尽の家には無数の秘宝があるということだが、そのうちにも一本の名刀がある。それは非常な名刀であるという評判だけを聞いていたが、まだ見た者がありません。見ようとしても主人の伊太夫が頑固で容易に見せないとのことでありました。そのうちの名刀を今この席で一見することができるというのは、一座の好奇心の期待に反《そむ》かないことであります。
「それは、それは」
と言って列席がどよみ渡りました。さすがに神尾殿は苦労人だけあって、人を待たしおいて、アッと言わせる趣向がうまいと感じたものもありました。
何か趣向をしておいて、アッと言わせるということは、似非《えせ》茶人や似非通人のよくやりたがることであります。神尾は人を招いた時は、いつでも何かこんなことをしたがるのでありました。そうして、さすがの御趣向だと言われることを以て大得意になる癖がありましたのです。
しかしながら、列席の者
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