。歩くといっても、やはり米友は跛足《びっこ》です。それに背が低いからいちいち床几を下へ置いてその上へのって、それから油を差して歩きます。
境内を残る隈《くま》なく見廻って、油を差すべきものには差し終ってから米友は、また茶所へ帰って来ました。そうして熱いお茶を一杯いれて呑んでから、烏帽子《えぼし》を取って叩きつけるように抛《ほう》り出して、また前のところへ胡坐《あぐら》をかいて、前のようにぼんやりとして、接待の茶釜の光るのと炭火のカンカンしているのをながめていましたが、程経てまた大欠伸《おおあくび》をはじめてしまいました。
「眠ってえな」
と言って眼を擦《こす》りながら、
「はははは、笑あせやがら」
なんと思ったか米友はカラカラと笑い出して、
「でえだらぼっち[#「でえだらぼっち」に傍点]なんというものは見たことも聞いたこともねえんだ、でえだらぼっち[#「でえだらぼっち」に傍点]が来たからったっても、なにもそんなに驚くことはあるめえじゃねえか」
と言いました。何か米友はそのでえだらぼっち[#「でえだらぼっち」に傍点]について腑《ふ》に落ちないことがあるようです。
「そのでえだらぼっち[#「でえだらぼっち」に傍点]が喧嘩に来るから、それを怖がっているような八幡様じゃあ、八幡様の有難味が薄いや、でえだらぼっち[#「でえだらぼっち」に傍点]が来たら来たように、俺らがなんとかひとつ掛合ってみてやろうじゃねえか」
米友はしきりにでえだらぼっち[#「でえだらぼっち」に傍点]のことを言って当《あて》のない臂《ひじ》を張ってみましたが、それも暫くすると、眠気に負けたらしく、羽目《はめ》へ寄りかかってコクリコクリと漕《こ》ぎ出してしまいました。
「あ、眠っちゃいけねえんだ」
茶釜を溢《あふ》れた沸湯《にえゆ》が、炭火の上に落ちてチューと言った音で米友は眼を醒《さ》ましましたが、すぐにまた漕ぎはじめてしまいました。
やや暫く居眠りをしていた米友が、
「あ、また眠っちまった」
と言って二度目に眼をさました時は、何か気にかかるようなものがあるような様子です。
「はてな、今、足音がした、たしかにここで足音がしたに違えねえんだ」
と言って、米友は眠い目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》って鳥居の方から外を見ました。
「誰だい、誰か来たのかい」
と咎立《とがめだ》てをし
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