れから下へも降りられねえ、自分ながら自分の身体が始末にいけねえんだからじれってえな。うまくせしめるにはせしめたけれど、これだけじゃあ何にもならねえや。俺の腕はこんなもんだということを、七の兄貴にも見せてやりてえし、粂の親分にも見せてやりてえんだ。それからまた、勤番の御支配とやらが泊っている本陣から盗み出したといえば、ずいぶん幅が利かねえものでもねえ、これからこの女を連れて一足先に駒飼《こまかい》まで行って、そこで、どんなものだとみんなの面を見てやりゃあ、後はどうなったって虫がいらあ。峠を越してしまわねえうちは、こっちのもんでこっちのものでねえようなものだから、なんとかして漕《こ》ぎつけてえんだが、身体が利かねえから仕方がねえ。ああ、ほんとに弱った、死んでしめえそうだわい」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]はついにそこへ、へたばって動けなくなりました。
 がんりき[#「がんりき」に傍点]が動けなくなった時分に、お絹が少しく動き出してきました。お絹が少し動き出した時分に、下の方で喧《やか》ましい人の声、上の方でもまた人の声。
 昏倒《こんとう》しかけたがんりき[#「がんりき」に傍点]は、
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