と足がツルリと辷《すべ》りました。
「あっ、苦しい」
またも二間ばかり下へ辷り落ちたがんりき[#「がんりき」に傍点]は、お絹と共に折重なって、暫らくは起き上れません。
「あっ、苦しくてたまらねえ」
やっと起き直って見ると、向《むこ》う脛《ずね》からダラダラと血が流れていました。
「畜生、こんなに向う脛を摺剥《すりむ》いてしまった」
そのままにしてお絹を引っかけて、また上りはじめてまた辷りました。
「こいつはいけねえ、いくら力を入れても辷って上れねえ、はッ、はッ」
やっと一間も登ると、ズルズルと七尺も辷っては落ちる。
「こんなことをしていたんじゃあ始まらねえ、帯はねえか、帯は」
ここに至ってがんりき[#「がんりき」に傍点]は、とても手首を掴まえて肩にかけて上ることの覚束《おぼつか》ないのを悟ったから、帯を求めて背中へ括《くく》りつけて登りにかかろうと気がついて、はじめて手首を放して大事そうにお絹の身体を岩蔭に置きました。
「死んでいるんじゃねえ、殺したと思うと違うんだよ、もう少し辛抱すりゃ活《いか》して上げますぜ御新造、はッ、はッ」
例の鎌のような月が、微かながらその光を差し
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