にかけると、いつも好奇心がいたずらをします。そのいたずらが、暗い中でうごめき出すのを抑えきれないという悪い癖がありました。
それでも女のことで、荒らかに封を切るということはなく、楊枝《ようじ》の先で克明《こくめい》に封じ目をほどいて、手紙の中の文言《もんごん》を読んでみると、それがいよいよいやな感じを起させてしまいました。
この手紙の中は夫婦間の美しい消息を以て満たされている。遠く旅に行く夫の心と、病んで家に残る妻の心との床しい思いやりが溢れています。その美しい消息と床しい思いやりとが、お絹の心持をさんざんに悪くしてしまいました。
人の手紙というものは、見るべきものでも見せるべきものでもないのに、それを盗んで見るということはこの上もない卑劣なことで、お絹もそこまで堕落した女ではなかったのだけれど、好奇《ものずき》から出立して、我を失うようになるのは浅ましいことであります。
その手紙を読んでしまったあとでお絹は、ついにその筆蹟をうつすというところまで進んで来ました。駒井能登守の筆蹟を透《す》きうつしにして取ってしまいました。これはどういうつもりか知らん。さすがにそれからあとを破り
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