もしなければ裂きもしないで、もとのように丁寧に封をします。
 好奇の隣りには、いつでも罪悪が住んでいる。物を弄《もてあそ》ぼうと思えば必ず己《おの》れが弄ばれる。お絹は悪い計画をする女ではないにかかわらず、男を見るとこういういたずら心が起って、兵馬を口説《くど》いてみたり、竜之助の時の留女《とめおんな》に出てみたり、がんりき[#「がんりき」に傍点]を調戯《からか》ったりしていたのが、ここへ来ると駒井能登守を、また相手にする気になってしまいました。
 能登守の手紙を見てしまったことが何か能登守の弱点を押えたように思われて、その取っておいた筆蹟から、或いは能登守を困らせてやるようないたずらができまいものでもあるまいと思っていました。
「友さん、友さん」
 お絹は次の間に控えている米友を呼びましたけれども返事がありませんから、
「どうしたんだろう、疲れて寝込んでしまったのかしら」
と独言《ひとりごと》を言っている時に、与力同心の部屋に宛《あ》てられたところで哄《どっ》と人の笑う声がしました。それと共に、
「笑っちゃいけねえ」
という声は米友の声であります。
「もうお役人衆の傍へ行って話し込ん
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