したた》めてあります。
 それを見ると、お絹はまたむらむらと変な心が起りました。この手紙は能登守からその可愛い奥方に送る手紙だと感づいてみると、お絹の心が穏やかでありません。能登守の奥方にはまだお目にかかったことはないけれど、能登守があの通り若くて綺麗な人だから、奥方もまた若くて美しい人に違いないとは誰でも想像されることであります。そういうことにはことに敏感なこの女は、あんまり人をばかにしているとこう思いました。お安くない夫婦の間の音信をこのわたしたちに見せつける能登守の仕打《しうち》を憎いと思いました。能登守のような若い殿様に可愛がられる奥方は、どんな人か面《かお》が見てやりたいように思いました。自分たちにそういう心を起させようがために、お松に頼まないでもよい手紙をワザと持たしてよこして、これ見よがしに見せびらかすのではないか。
 これは能登守にとっては非常に迷惑な邪推であります。
「よしよし、そういうわけならばこの手紙の中を見てやりましょう。どんな憎らしいことが書いてあるか見てやりましょう、ほんとに癪《しゃく》に触るから見てやりましょう」
 お絹もそれほど悪い女ではないけれど、情事
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