入りまする」
「今、斯様《かよう》な手紙を持たせてよこした者がある、女連で宿がなくて困却すると書いてある、急いで泊めるようにしてもらいたい」
「恐れ入りました、お言葉に甘えましてそのように取計らいを致します」
 主人は畏《かしこ》まって出て行きました。
 まもなく本陣の主人が迎えに行って、そうしてお絹の一行を案内して来ました。米友もまたお絹一行について案内されて来ました。お絹の一行といっても、それは米友のほかにはお松があるばかりでした。お絹は例の通り町家の奥様のようななりをしていました。お松は御守殿風《ごしゅでんふう》をしていました。
 この二人が駕籠から出た時には、さすがに泊っている人の目を驚かせました。与力同心の面々なども、この思いがけないあい宿《やど》の客の奥へ通るのを目を澄ましていろいろに噂の種が蒔《ま》かれました。あれは能登守殿の親戚の者だろうと言う者もありました。いや御支配の夫人……にしては少し老《ふ》けている――というものもありました。江戸から連れて来たのでは人目もうるさいし、人の口もあるから、わざと道中を別にして、この辺で落ち合う手筈で来たのだろうと考えるものもありまし
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