ればよいことにしましょう」
と言ってお絹は駕籠から出て、休茶屋で手紙を書いて封をしました。
 駒井能登守は黒野田の本陣へ着いて休息していると、
「申し上げます、ただいま四谷伝馬町の神尾主膳様のお使と申しまして、この手紙を持参致しました」
「ナニ、神尾の手紙?」
 能登守は、少々意外に思って取次の手からその手紙を受取って見ると女文字でありました。
「甲府詰の主人神尾方へ参る途中の者、女連《おんなづれ》にて宿に困る……はあ、なるほど」
 能登守は早速その手紙を捲き納めながら、
「主人を呼ぶように」
 本陣の主人が急いで出向いて来て、遠くの方から頭を下げました。
「お召しでございましたか」
「当家には我々のほかにも客があるであろうな」
と能登守が尋ねました。
「どう致しまして、御支配様のお着きと承り、ほかのお客はみんなお断わり申し上げて、近所の宿屋へ頼みましてございます、御支配様のお連れのほかには決してどなたもお泊め申しは致しません」
「それは困る、我々が通るのにそんなことをしてもらっては人も迷惑する、自分も迷惑する、泊りたい者には部屋の空《あ》いている限り泊めてやらなくてはならぬ」
「恐れ
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