立籠《たてこも》って天下の勢《せい》を引受けてみるも一興ではないか」
「左様な要害なればこそ、この国が天領であって、柳沢甲斐守以外には封《ほう》を受けたものが一人も無い。まんいち江戸城に事起った時は、この城がいかなるお役に立つやも計り難し。そうなると我々の勤めもまた重い」
 阿弥陀街道を過ぎると黒野田の宿《しゅく》、ここは笹子峠の東の麓で本陣があります。日脚《ひあし》はまだ高いけれど、明日は笹子峠の難所を越えるのだから、今夜はここへ泊ることになりました。
 この黒野田へ泊ったものは駒井能登守の一行ばかりではありませんでした。本陣へは先触《さきぶれ》があって能登守の一行が占領してしまったけれど、林屋慶蔵というのと、殿村茂助という二軒の宿屋にも少なからぬ客が泊っていました。
 笹子峠を下って来た客もこの黒野田で宿を取る。笹子峠へ上ろうとする旅人もここで泊って翌日立とうとするのだから、自然に足を留める。それに今日は勤番支配の一行が入り込んだから、この小さな山間の小駅が人を以て溢《あふ》れるという景気になってしまいました。
 駒井能登守の一行が本陣へ着いてしまってから、少しばかりたってこの宿へ
前へ 次へ
全123ページ中65ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング