入り込んで来た二挺の駕籠がありました。駕籠の中は何者だか知れないが、その傍に附いているのが例の米友であることによって大抵は想像されましょう。幸いにして米友は託された人の乗物に追いつくことができたらしい。
五
二つの駕籠の宿《しゅく》の休所へ駕籠を下ろして本陣へ掛合いにやると、
「今晩は御支配様のお泊りでございますから」
と言って、余儀なく謝絶《ことわ》られてしまいました。林屋というのと殿村というのと、そのいずれも満員です。満員でないまでもその空間《あきま》というのは到底、この乗物の客を満足させることができないものばかりでしたから、さてここへ来て途方に暮れ、
「弱ったな」
米友が弱音を吹きました。
「兄さん」
駕籠の中から垂《たれ》を上げて、米友を呼びかけたのはお絹でありました。
「何だ」
「この本陣に泊っている御支配様というのは、何というお方だか聞いてみて下さい」
「おい、茶店のおじさん、本陣に泊っている御支配というのは何というお方だか知っているかい」
「へえ、それはこのたび、甲府の勤番御支配で御入国になりまする駒井能登守様と申しまするお方でございます」
「
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