を出し抜いて甲府へ立たせたあの御新造と娘は、ありゃあ今どこにいる」
「ははは、まだそんなことを言ってるのか。ありゃ今晩|下初狩《しもはつかり》へ泊っているから明日は笹子峠へかかるんだ、あの峠が危ねえと思ったから、俺が附いて行くつもりであったが、手前がこんな様子じゃあ二三日は安心ができる、二三日安心している間には甲府の城下へ一足お先に着いているから、甲府まで送り込んでしまえば、俺の肩が休まるんだ。百、お気の毒だけれど、とうとう物にならねえらしいぜ」
「ふふん、まだそう見縊《みくび》ったものでもねえ」
四
与力同心の面々はその翌朝になって仰天しました。
逃げられてしまった。たかを括《くく》っていたために逃げられてしまった。逃げられたのよりも逃げたのが不思議であると思いました。あんな死にかけた身体で、どうして逃げ出したか。
旅の一興で練習問題として扱われた代物《しろもの》ではあるけれども、逃げられたのは不面目である、役人の名折れにもなるから黙っているわけにはいかないとあって、与力同心の面々は駒井能登守にこのことを申し出でて恐縮すると、
「このたびの甲州入りは、なに
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