野郎もいなけりゃあ、手前の姿も橋のまわりには見えねえから聞いてみると、これこれのわけで、役人につかまって吟味最中ということだから、暫らく三島明神の裏に隠れて夜の更けるのを待って、それから忍んで行ってみたんだ」
「おかげさまで命拾いをしたようなもんだが、なにぶんこんなに身体が弱っていた日にゃ所詮《しょせん》遠道は利かねえ、あの役人というのが、勤番支配なんだから、一度はこうして助けてもらっても、あいつらに睨《にら》まれた上はどうもこの道中は危ねえな」
「なるほど、この様子じゃあ、どこかで二三日保養をしなくちゃあトテモ物にはならねえようだ。と言って、勤番支配を向うに廻したんじゃあ、滅多な家へ駈込むわけにもいかず……そうだ、いいことがある、これから粂の野郎のところへ押しかけて行こう、あの野郎、この界隈《かいわい》の親分面をして納まっているのが癪《しゃく》だ、これから二人で押しかけて行って、手前を預けて来ることにしようじゃねえか」
「粂の親分のところへ出直しに行くんだな。兄貴が一緒に行ってくれたら向うもマンザラな挨拶はすめえから、それじゃ、そういうことにしてもらいましょう。それから兄貴、お前が俺
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