ぶ》へ参詣に行くのだと申したがその通りか」
「左様でございます。お祖師様を信心致しますから、それで身延山へ参りてえと思って出かけて参りましたんで」
「身延の道者《どうじゃ》ならば講中《こうじゅう》とか連《つれ》とかいうものがありそうなもの、一人で出て歩くというは怪《け》しからん」
「それが、なんでございます、俺共《わっしども》は何の因果か人並みより足が早いんでございますから、講中の衆やなんかと一緒に歩いていた日にはまだるくてたまりません、それでございますから、どこへ行くにも一人でトットと出て行くんでございます」
「貴様が手形をもっておらんというのがどうしても怪しい、所、名前をもう一度そこで申してみろ」
「先にも申し上げた通り、手形を持っていたんでございますが、あの橋の真中へ吊される時に下へ落っこってしまったんでございます、桂川の水の中へ落してしまったんでございます。所、名前は山下の銀床《ぎんどこ》の銀といって……」
「よし、では鳥沢の粂を呼び出してからまた吟味《ぎんみ》をする、さがれ」
一通りの調べを受けて、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百は次の間へ下げられて燈火《あかり》もない
前へ
次へ
全123ページ中53ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング