、いわゆる鳥沢の粂なる者を引き出そうとしました。
ところが粂はただいま外出して行方が知れないという返事であったから、更にその行方を厳《きび》しく詮索《せんさく》させることにして、一方にはがんりき[#「がんりき」に傍点]の百を三度目に引き出して調べてみました。いろいろにして泥を吐かせてみようとしたけれども、前と同じように百はいっこう口を開きません。あんな目に遭わされて、相手の罪を訴えないことがだいいち不思議であります。
「なあに、俺《わっし》が悪かったんでございますから、殺されたって仕方がねえんでございますから」
と言ったきり。
「貴様は、たいそう足の早い奴だな」
「へえ、歩くのは達者でございます」
「貴様は片腕が無い、それはどうしたのだ」
「これは怪我をしたから、お医者さんに切ってもらったんでございます」
「貴様は髪結渡世《かみゆいとせい》だと言ったが、その片腕で髪結ができるのか」
「へえ、両腕の揃っていた時分に叩き込んでありましたから、まだそれが片一方の方へいくらか残っているのでございます、けれども碌《ろく》な仕事はできませんからこのごろは職人任せでございます」
「貴様は身延《みの
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